
【第4回:統合的運用モデル―両思考法のダブルループ】
以下では、「第4回:統合的運用モデル―両思考法のダブルループ」と題し、これまで紹介してきた逆算思考(Backcasting/バックキャスティング)と順算思考(Forecasting/フォアキャスティング)をどのように組み合わせ、具体的に活かせばよいのかを解説します。
前回(第3回)まででお話しした両思考の特長をベースに、統合的な戦略フレームワークとしてのダブルループ運用モデルを紹介していきます。
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Contents
はじめに
前々回(第2回)は「逆算思考を使いこなす―目標設定と計画の重要性」、前回(第3回)は「順算思考の力―リソース活用とアクション主導」というテーマで、それぞれの思考法のメリットや注意点を詳しく見てきました。
今回の第4回は、逆算思考と順算思考を実務でどう組み合わせるかが中心テーマです。単に「長期目標を定め、やれることをやってみる」だけでなく、状況に応じて両思考を行ったり来たりするサイクル――いわゆる「ダブルループ運用モデル」を用いることで、不確実性に対処しながら持続的に成果を上げられるようになります。
以下では
1) ダブルループ戦略フレームとは何か
2) 具体的な導入ステップ
3) 業界特性に応じた応用例
4) リアルタイムでの戦略最適化(AI等の活用事例)
などのポイントを順に解説します。
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1. ダブルループ戦略フレームとは?
1-1. 両思考を繰り返す「二重ループ」
「ダブルループ(Double Loop)」という言葉は、経営学や組織論の世界でしばしば登場します。本来は「学習プロセス」の文脈で用いられ、1つめのループ(First Loop)で行動と結果を検証し、2つめのループ(Second Loop)で行動の前提やフレーム自体を見直すという概念です。
本稿で扱う「両思考法のダブルループ」も、これに近い考え方と言えます。
• 逆算思考:あらかじめ設定したゴールを再確認し、必要なマイルストーンやアクション計画をアップデートするループ。
• 順算思考:日々の実践やテストマーケティングを通じて新たな気づきを得るループ。
この2つを交互に、あるいは同時並行で回し続けることで、変化に対応しつつ長期ビジョンを見失わない運営体制が作られます。
1-2. なぜ「ダブルループ」なのか
単純化して言えば、逆算思考と順算思考を一度だけ組み合わせるなら「最初にゴールを決め、その後は現場で自由にやる」でもよさそうに思われるでしょう。
しかし、ビジネス環境は常に動いているため、最初に立てたゴールや計画自体を定期的に見直す必要があります。ここが「ループ」のポイントです。
• 逆算ループ:3年後・5年後といった大枠の目標を設定し、半年・1年ごとに達成度や外部環境を評価しつつ軌道修正する。
• 順算ループ:短いスパン(週次・月次など)で小さな実験を行い、結果を即座にフィードバックする。
この2つのループを重ね合わせることで、やや長い視点とごく短い視点の両面から組織を動かしていくイメージです。結果として、長期の目標到達に近づきながら、目の前の変化を見逃さずに対応できる“動的な計画運用”が可能になります。
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2. ダブルループ運用モデルの5つのステージ
ここでは、ダブルループ運用モデルを導入する際の代表的なステージを、私の経験や支援活動で用いてきたフレームをもとに5段階に整理します。もちろん現場によって多少のアレンジは必要ですが、一例として全体像をイメージしてみてください。
2-1. ステージ1:長期ビジョン・大目標の策定(逆算思考)
まずは組織やプロジェクトの最終的なゴールを具体的に描きます。売上や利益だけでなく、「どの市場でどのような価値を提供するか」「社会課題をどう解決するか」などの定性的要素も含めると効果的です。この大きな目標があるからこそ、後の順算的アクションの方向性に“芯”が通ることになります。
2-2. ステージ2:現状分析と可能性探索(順算思考)
長期ビジョンを掲げたら、次は現在のリソースや社会情勢、市場トレンドを踏まえ、順算思考的に「今、目の前でできる具体的な行動」をリストアップします。
たとえば小規模のテスト販売やSNSキャンペーンの実施、人脈を活かしたプロトタイプ開発など、行動のハードルを下げて試していくのがポイントです。
2-3. ステージ3:中期マイルストーンとKPI設定(逆算思考)
ここで改めて逆算思考に戻り、3年先・5年先の目標を達成するための中間目標(1年後や半年後など)を設定します。たとえば「1年後には新規顧客を◯%増やす」「2年後には主要都市に店舗を◯店舗展開する」など、測定可能な数値を含むKPIを設定すると、チームがどこまで進んだかを判定しやすくなります。
2-4. ステージ4:短期実行とフィードバック(順算思考)
具体的なKPIが決まったら、今度は順算思考を軸に「どんな施策をいつ、どの規模で試すか」を行動計画に落とし込みます。小さな成功や失敗を即時にフィードバックし、その学びをもとにアクションを微修正していくのがカギです。
ここでは、週ごと・月ごとなど短期スパンのタスク管理やデータ分析が重視され、アジャイル的なプロジェクト管理ツールを使う企業も増えています。
2-5. ステージ5:定期的なループ再評価と再設定(ダブルループの循環)
最後に、一定の期間(半年や四半期など)が過ぎたら、再度「逆算思考」で長期・中期目標を見直すと同時に、「順算思考」で得られた現場からの学習結果を加味して、新たな計画を立て直します。ここが「二重ループ」の最終かつ最も重要なステップです。もし外部環境や内部リソースに大きな変化があったなら、当初の目標自体をアップデートすることも視野に入れます。
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3. 業界特性に応じたダブルループ戦略の変化
3-1. 製造業と大規模投資のケース
たとえば大きな設備投資が必要な製造業では、逆算思考の役割が比較的重くなりがちです。工場や設備ラインの増強には多額のコストがかかるため、長期の売上シミュレーションや資金計画が必須となります。そのうえで、順算思考を用いて試作品の段階的テストや、小規模ラインでの新製品開発を行い、マーケットの反応を確認しながら投資規模を適宜調整するのが効果的です。
3-2. ITスタートアップやサービス業の場合
逆にITスタートアップやサービス業では、開発スピードが速く不確実性が高いため、順算思考の比重が高くなりがちです。月単位、週単位でプロダクトをアップデートし、ユーザーの反応を収集するアジャイル的な手法が中心となります。
ただし、あまりにも短期的な動きだけに埋没すると、企業の大きな方向性が失われる可能性もあるため、逆算思考で設定した長期ビジョン(3年後にどの市場を制するか、何人のユーザーを獲得するかなど)を定期的に確認し、見失わないようにすることが大切です。
3-3. 地域活性化や公共プロジェクトへの応用
行政や地域おこしのプロジェクトでも、ダブルループ的な運用が有効です。最初に「地域の人口増加」「商店街の空き店舗ゼロ」など大きなビジョンを設定しながら、短期的には地元イベントのテスト開催やSNSでの情報発信を行い、成功・失敗事例を積み重ねて学習していきます。
そのうえで、半年後や1年後ごとに目標達成度を見直し、新しいパートナーや施策を取り入れながらプロジェクト全体を進化させるのです。
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4. ダブルループとリアルタイム戦略最適化―AI・データ分析の活用
4-1. AIを使った意思決定サポート
近年はAI(人工知能)やビッグデータ分析によって、マーケットの動向や顧客の行動をリアルタイムに把握し、戦略を素早く微調整する手法が注目されています。これは順算思考との相性が特に良く、小さな変更の結果を即座に見極めるサイクルを高速化できます。
たとえばオンライン広告やEC(電子商取引)では、クリック率や購買率を常時モニタリングし、AIが自動的に「最適と考えられる施策」を提案・実行できる時代になりつつあります。ここで得られたフィードバックをもとに、逆算思考の中期・長期計画も定期的にアップデートするのがダブルループ的な考え方です。
4-2. プロジェクト管理ツールとの連携
ダブルループを円滑に運用するためには、プロジェクト管理ツール(例:Trello、Asana、Jiraなど)やデータ分析ツールとの連携も重要です。逆算思考で設定した長期目標やマイルストーンをツール上で可視化し、日々の順算的アクションの進捗を同じプラットフォームで追跡できるようにすると、チームメンバー全員が「今どの段階か」をリアルタイムで共有できます。
これにより、各種データの分析結果や顧客からのフィードバックをすぐにマイルストーンに反映させることができ、組織全体がダブルループに参加しやすくなります。
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5. ダブルループ戦略導入のポイントと注意点
5-1. リーダーシップの在り方
ダブルループを組織的に運用する場合、やはりリーダーの役割は大きいです。トップや経営陣が「途中で計画が変わること」をネガティブではなく、むしろ“当たり前の進化プロセス”として認める姿勢が大切になります。
何があっても最初の計画に固執するようでは、ダブルループのメリットである柔軟性やイノベーションの創出効果を享受しにくいでしょう。
5-2. コミュニケーションの基盤づくり
「なぜ計画を変えるのか」「どこが変わったのか」をメンバー全員が理解していないと、現場から不満や混乱が生まれます。そこで定期的なレビュー会やミーティングの場を設定し、データや事例を共有しながら、順算思考で得られた学びを逆算思考の計画に反映するプロセスをオープンにすることが不可欠です。
5-3. 長期目標を安易に諦めない
柔軟性が重視されるダブルループの考え方でも、そもそもの長期ビジョンや目指す世界観までコロコロ変えると、組織が迷走するリスクがあります。「短期の成果が出ないから」「予想通りに進まないから」といって、すぐにビジョンを放棄してしまうのは逆効果です。
大切なのは「軸」と「手段」を分けて考えること。長期ビジョン(軸)は維持しつつ、そこへ到達する経路(手段)は順算的に試行錯誤を重ねる、というのが理想的なバランスです。
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6. 事例紹介:ダブルループで成功したケース
6-1. 製造×ITサービスのハイブリッド企業
ある企業は、伝統的な製造業をベースにしつつ、ITサービスへ新規参入したいという長期ビジョンを掲げていました。最初に逆算思考で「3年後の売上を◯億円にするには、ITサービス部門で◯千万円の売上を出す必要がある」と試算し、投資計画を立案。
そして、順算思考で小規模のプロトタイプ開発を複数回行い、市場の反応を細かく分析しながら、開発チームの人員や広告費などを段階的に調整しました。
結果的に、当初想定とは異なるITサービスがユーザーに受け入れられたため、2年目に事業計画を大幅修正。それでも3年後には当初の売上目標を達成し、さらに新分野での知名度を高めることにも成功しています。
6-2. 地域イベント×ECの拡張事例
地域活性化を目的としたイベントを初めは小規模に実施し、来場者のアンケートやSNS反響を毎回詳細に集めていた事例があります。
順算思考で「次回は少し実験的にオンライン販売も取り入れよう」「地元食材を扱うブースを拡大しよう」といった施策を打ち出し、成果が見込めれば翌年の大型予算申請やマス広告に繋げる、といった流れを繰り返していました。
ここで、イベント主催側は“最終的にECモールを地域ブランドとして確立し、日本全国のファンに食材や特産品を届ける”という逆算思考的ビジョンを持っていたため、小さな成功が積み上がるたびに別の自治体や企業から協力申し出が集まり、大規模化への道筋が徐々に明確になっていきました。
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7. まとめと次回予告
【ダブルループ運用モデルの要点】
1. 逆算思考で掲げる長期ビジョン・大目標を定期的に見直し、必要ならば再設定する「逆算ループ」。
2. 順算思考で日々の実験と学習を積み重ね、短期的な成功・失敗の結果をすぐに反映させる「順算ループ」。
3. 両ループを同時並行あるいは交互に回すことで、大きな方向性を見失わず、不確実な変化にも柔軟に対応できる。
4. AIやプロジェクト管理ツールを活用することで、高速なフィードバックサイクルとリアルタイムなデータ分析が可能となり、ダブルループモデルの効果がさらに高まる。
5. 組織全体にこの仕組みを浸透させるには、リーダーが計画の変化を肯定的に捉える姿勢と、定期的なコミュニケーションの場づくりが重要。
今回の第4回では、逆算思考と順算思考を統合した運用モデルとしての「ダブルループ」について解説しました。次回(第5回)は、「業界別の応用事例と組織文化の作り方」を取り上げ、製造業やITだけでなく、サービス業や公共プロジェクトなど多様な領域での実践例をもう少し詳しく見ていきます。また、組織文化として「順算思考を歓迎しながら、目標管理も徹底する」という状態をどう実現するか、リーダーや現場の教育・研修プログラムなどについても取り上げる予定です。
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あとがき
第4回はシリーズの中でも特に重要な内容で、両思考をどう“行ったり来たり”するかが鍵になります。口で言うほど簡単ではないものの、ダブルループによって「大きなビジョン(逆算思考)」と「小回りの利く実践(順算思考)」を両立できれば、ビジネスの成果はもちろん、組織に生まれるイノベーションや学習効果も格段に上がります。
次回以降は、さらに具体的な業界事例や組織開発のヒントを盛り込みながら、両思考モデルの応用範囲を探っていきます。引き続きご覧いただければ幸いです。
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以上が「第4回:統合的運用モデル―両思考法のダブルループ」の内容です。次回(第5回)は「業界別の応用と組織文化の作り方」をテーマに、さらに具体的な導入例や文化醸成について解説する予定です。引き続き、よろしくお願いいたします。