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ローカルゼブラ「地域課題」と「経済」の両立

ローカルゼブラの台頭

日本の地域経済を再構築する新モデル

Contents

序論: ユニコーンを超えて地域日本の新たなパラダイム

急成長と市場破壊を至上命題とする「ユニコーン」型のベンチャーキャピタリズムの限界が明らかになる中で、日本の地域経済が直面する固有の課題に対応する新たな企業モデルとして「ローカルゼブラ」が注目を集めています。ユニコーンモデルが目指す指数関数的な成長は、日本の成熟した経済、特に地方が抱える構造的問題の前では必ずしも最適解とは言えません。

日本の地域社会は、慢性的な人口減少、地場産業の空洞化、深刻な高齢化、そしてそれに伴う公共サービスの維持困難という複合的な危機に直面しています。このような状況下で、市場を独占し勝者が全てを得る「ウィナー・テイクス・オール」を志向するユニコーンのアプローチは、不適合であるだけでなく、地域社会の脆弱性をさらに悪化させる危険性すら孕んでいます。

本レポートでは、経済的存続性と社会的課題解決の両立を目指すローカルゼブラという企業モデルを、現実的かつ持続可能な進路として提示します。これは単なるニッチな慈善活動ではなく、グローバル資本主義が見過ごしがちな市場において、強靭で長期的な価値を創造するための洗練されたビジネス戦略です。ローカルゼブラは、地域課題そのものを事業機会と捉え、経済と社会の二元論を超えた新しい価値創造のあり方を示しています。

第1章 ゼブラの哲学: 利益と目的の再均衡

1.1. ユニコーンへのアンチテーゼ: 根源的な二項対立

ゼブラ企業の概念は、2017年に米国の4人の女性起業家によって、支配的だったユニコーン至上主義へのカウンターナラティブとして提唱されました。両者の哲学は、事業の目的から手法、受益者に至るまで、あらゆる面で対照的です。

  • 目標: ユニコーンは指数関数的な急成長、市場の独占、そして高評価額でのイグジットを目指します。対照的に、ゼブラは持続可能な収益性、事業の強靭性、そして他社との「共存」を追求します。
  • 手法: ユニコーンが「競争」を原理とするのに対し、ゼブラは「協調」を重視し、資源の共有や協力関係の構築を厭いません。
  • 受益者: ユニコーンが主に株主や投資家の利益を最大化する一方で、ゼブラは従業員、顧客、地域社会、環境といった広範なステークホルダーへの価値提供を目指します。
  • 象徴性: ユニコーンが神話上の孤独な生き物であるのに対し、ゼブラは現実世界に存在し、群れで生きる動物です。これは、ゼブラモデルが現実社会に根差し、コミュニティとの「相利共生」を重視する哲学を象徴しています。

1.2. ゼブラ・ムーブメントの核心的理念

ゼブラの哲学は、いくつかの核心的な理念に基づいています。

第1に、その白黒の縞模様が象徴するように、利益追求と社会貢献という一見相反する二つの目標を統合する「デュアル・バリュー創造」です。これは、社会貢献を利益創出の手段や結果と見なすのではなく、事業活動の根幹に組み込まれた同等の目的と位置づける考え方です。

第2に、短期的で収奪的な成長を否定し、長期的かつ包摂的な「繁栄 (prosperity)」を目指す点です。これは、特定のステークホルダーの利益のために、他のステークホルダーが犠牲になるべきではないという原則に基づいています。

第3に、ゼブラが目指す「革新性」は、市場を破壊するようなイノベーションではなく、全てのステークホルダーに利益をもたらす新しい「協調の仕組み」を創造することにあります。

1.3. 日本における文化的共鳴: 古い叡智の新しい名前

ゼブラの哲学が日本で急速に受け入れられている背景には、それが日本の伝統的な価値観と深く共鳴する点があります。特に、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」という近江商人の経営哲学は、ゼブラの理念と本質的に合致しており、多くの日本人にとって直感的に理解しやすいものです。

さらに、日本には創業100年を超える老舗企業が33,000社以上存在し、これらの企業の多くは急成長よりも持続可能性と安定した繁栄を歴史的に重視してきました。これらは、いわば「プロト・ゼブラ(ゼブラの原型)」とも言える存在であり、ゼブラモデルの長期的な実行可能性を証明しています。この「リバッジング」こそが、ゼブラという概念が日本で急速に普及する原動力となっているのです。

第2章 「ローカルゼブラ」: 地域創生のための日本的適応

2.1. 公式定義と政府の役割

ゼブラ企業の概念を日本の地域課題解決に特化させたものが「ローカルゼブラ」です。中小企業庁はローカルゼブラを「事業を通じて地域課題解決を図り、社会的インパクトを創出しながら、収益を確保する企業」と定義しています。この定義は、①地域課題へのコミットメント、②革新的なビジネスモデルの構築、③事業意図の明確化、という3つの特徴を重視しています。

2.2. ローカルゼブラの差別化: 目的志向型企業のスペクトラム

  • ローカルゼブラ vs. 一般的なゼブラ企業: 最大の違いは、活動の焦点を「特定の地理的地域」に明確に置いている点です。
  • ローカルゼブラ vs. ソーシャルビジネス/NPO: 「収益性の確保」を副次的な成果ではなく、事業の持続性を支える根幹的なドライバーとして位置づけている点が異なります。

2.3. 政策的文脈: 国家戦略のツールとしてのローカルゼブラ

ローカルゼブラの推進は、岸田政権が掲げる「新しい資本主義」のアジェンダにも明記されており、より包摂的で持続可能な経済を実現するための重要な手段と位置づけられています。政府の役割は、解決策を直接管理することから、補助金、規制緩和、広報支援などを通じて、ローカルゼブラが自律的に社会課題を解決できる「肥沃な土壌」を創出することへとシフトしています。

第3章 ローカルゼブラの解剖学: ビジネスモデルと価値創造

3.1. ミッション駆動の中核: 課題を前提とする事業

ローカルゼブラ企業の事業は、企業のミッションとして深く組み込まれた、特定の具体的な地域課題を解決するという強いコミットメントから始まります。

3.2. 革新的なバリューチェーン: 地域資産をアップサイクルする技術

ローカルゼブラを特徴づけるのは、地域に眠る未利用、あるいはマイナス価値とさえ見なされていた資産を再評価し、「アップサイクル」することで、革新的かつ収益性の高いビジネスモデルを構築する能力です。

  • 農業廃棄物: 廃棄されていた柿の皮を、高付加価値の化粧品原料へと転換します。
  • 遊休不動産: 廃業した旅館や古民家を改修し、観光拠点、コワーキングスペース、住宅施設として再生させます。
  • 文化遺産: 地域の文化や伝統を、ユニークな体験型ツーリズムとして収益化します。
  • 地域社会の信頼: 地域住民との深い関係性を資本とし、乗り合い交通サービスのような協調型サービスを構築します。

3.3. 協調の力: 地域エコシステムを編む

ローカルゼブラは孤立した存在ではありません。その成功は、地域内の多様なステークホルダーとの密なネットワークを構築し、その中で活動する能力にかかっています。この協調的なアプローチは、地域全体での当事者意識を育み、経済的価値と社会的価値が地域内で好循環する「域内循環」モデルを生み出します。

第4章 詳細事例研究: 地域共栄のパイオニアたち

表1: 中小企業庁支援 ローカルゼブラ実証事業(令和5年度)の概要

企業・団体名 活動地域 主な地域課題 主要事業・ビジネスモデル
(一社)十勝うらほろ樂舎 北海道十勝地域 農業の持続可能性、気候変動 リジェネラティブ農業の普及、資源循環型畜産
(株)Wasshoi Lab. 宮城県仙台市、丸森町 震災からの復興、コミュニティ再生 コミュニティ醸成を目的としたラボ事業、地域プロデュース
(株)湘南ベルマーレフットサルクラブ 神奈川県西地域 地域コミュニティの希薄化 フットサルクラブを核とした地域コミュニティの活性化
(株)野沢温泉企画 長野県下高井郡野沢温泉村 人口減少、観光業の衰退、遊休不動産 遊休施設の改修・活用による観光強化、移住定住促進
(株)TeaRoom 静岡県静岡市 伝統産業(茶業)の衰退 茶文化を核とした体験型ツーリズム、商品開発
千年建設(株) 愛知県名古屋市及びその周辺地域 都市部における住宅困窮(特に母子家庭) ソーシャル大家事業(良質な住宅の低価格提供)
(株)御祓川 石川県能登地域 人材流出、中小企業の人材育成力不足 地域の人材育成(市民大学)、人材コーディネート事業
(株)石見銀山生活観光研究所 島根県大田市 伝統的生活文化の継承、過疎化 古民家活用によるライフスタイル提案、地域ブランド事業
(株)離島キッチン 島根県隠岐郡海士町 離島の産業振興、食文化の発信 全国の離島の食材を集めたレストラン事業、産品開発
東シナ海の小さな島ブランド(株) 鹿児島県島嶼地域 離島間の連携不足、販路開拓 離島連携による商品開発、ブランド構築
(株)うむさんラボ 沖縄県全域 社会課題解決事業者の育成支援 インキュベーション事業、伴走支援、エコシステム構築

4.1. 事例: 都市型ソーシャルイノベーション – 千年建設「LivEQuality」 モデル (名古屋)

都市部において、DVや離婚などを背景にひとり親家庭などが直面する深刻な住宅確保の困難と社会的孤立を課題とし、「ソーシャル大家」事業を展開。親会社の建設業としての専門知識を活かし、物件の目利きや改修・維持コストを最小化することが競争優位性となっている。

4.2. 事例: 農業の価値創造 – 陽と人と柿の皮エコノミー (福島)

東日本大震災後の特産品(あんぽ柿)の価格低迷と農業副産物の活用を課題とし、廃棄される柿の皮から有用成分を抽出。高付加価値の化粧品・フェムテックブランドを立ち上げ、農家に新たな循環型の収入源をもたらした。

4.3. 事例: 観光とプレイスメイキング – アキウツーリズムファクトリー (仙台)

個々の事業者が競合していた秋保温泉郷の再活性化を課題とし、古民家を改修した拠点「アキウ舎」を開設。データ駆動型の戦略で地域のマインドセットを「競争」から「共創」へ変化させ、5年間で事業者数を約3倍、日帰り観光客数を年間約164万人に増加させた。

4.4. 事例: 人材とエコシステム構築 – 御祓川のアプローチ (能登半島)

能登地域における人材流出と中小企業の人材育成力不足を課題とし、人材育成とエコシステムのコーディネートそのものを「製品」とする中間支援組織として活動。「御祓川大学」や「能登の人事部」を運営し、循環型の地域社会構築を目指す。

4.5. 事例: 文化継承と現代的ライフスタイル – 野沢温泉企画 (長野)

歴史ある野沢温泉村の遊休施設増加と文化の継承危機を課題とし、村内の遊休施設を長期賃借・改修。移住者や起業家を惹きつける拠点として再生させ、文化を経済的に自立した生きた存在として未来に継承することを目指す。

第5章 支援エコシステム: ローカルゼブラの群れを育む

5.1. 政府の役割: 肥沃な土壌の創造

中小企業庁を中心とする中央政府は、ローカルゼブラを公式に認知し、主要政策に組み込むことで活動に正当性を与え、「地域の社会課題解決企業支援のためのエコシステム構築実証事業」などを通じて直接的な資金援助を行っている。

5.2. 中間支援組織: エコシステムを編む者たち

株式会社Zebras and Company (Z&C) のような組織が、ゼブラ企業の固有のニーズに特化した投資とハンズオンの経営支援を組み合わせたサービスを提供し、重要な役割を果たしている。

5.3. 資金調達の力学: インパクト志向資本の台頭

ローカルゼブラは、従来の金融システムとは必ずしも相性が良くないため、多様な資金調達手段を戦略的に組み合わせる必要がある。近年、財務的リターンとポジティブで測定可能な社会的・環境的インパクトの創出を意図する「インパクト投資」の市場が急速に拡大している。

第6章 課題の克服: 持続可能性への道のり

課題1: スケール化のジレンマ: 事業のインパクトをスケールアップさせることと、価値の源泉である地域への根付きを維持することの間の緊張関係。

課題2: 忍耐強く、理解ある資本へのアクセス: 短期的なイグジットを要求しない「忍耐強い資本」を見つけることの困難さ。

課題3: 人材というパラドックス: 人材流出が深刻な地域で事業を展開することによる、人材獲得・維持の困難さ。

課題4: 証明の負担 – インパクトの測定と収益化: 社会的インパクトの可視化に伴う経営負担。

これらの課題は相互に固く結びついたシステムを形成しており、個別の問題解決ではなく、悪循環のシステム全体を好循環へと転換させる統合的なアプローチが求められます。

第7章 戦略的提言と将来展望

7.1. 起業家・経営者への提言

  • パラドックスの受容
  • ストーリーテリングの習得
  • 「資本の階層」の構築
  • エコシステムへの投資

7.2. 政策立案者への提言

  • 実証事業からの移行
  • 省庁横断連携の効率化
  • 「忍耐強い資本」の育成
  • インパクト・リテラシーの普及

7.3. 投資家・金融機関への提言

  • 新しい評価フレームワークの開発
  • 柔軟な金融商品の提供
  • 中間支援組織との連携

7.4. 結論: 新しい経済モデルの先駆けとしてのローカルゼブラ

ローカルゼブラは、単なる新しい企業形態に留まりません。それは、社会におけるビジネスの目的そのものを根本から問い直す動きです。人口減少という構造的な課題に直面する日本において、ローカルゼブラは地域を再生するための実行可能で、強靭で、そして人間的なモデルを提示しています。その思想と実践は、日本全体の経済がより均衡の取れた、持続可能な未来を形作る上で、重要な示唆を与える可能性を秘めています。

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