社員が辞める本当の理由は、給料じゃなかった
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「また一人辞めた…今度は何が原因だろう」
月曜日の朝、机の上に置かれた退職届を見つめながら、そんな思いが頭をよぎったことはありませんか。
「うちの給料が安いからだろうか」「もっと待遇の良い会社に転職したんだろう」。多くの経営者がそう考えがちです。しかし、転職理由に関する各種調査を見ると、実は給料や待遇が退職理由の上位に来ることは意外に少ないのが現実です。
2025年に実施された転職理由調査では、「給与への不満」を理由に挙げた人は全体の23%にとどまりました。一方で「上司との人間関係」が41%、「仕事にやりがいを感じない」が38%、「成長を実感できない」が35%という結果が出ています。
つまり、あなたの会社から人が離れていく本当の理由は、お金の問題ではない可能性が高いということです。
「見えない退職理由」を見抜く経営者の視点
興味深いのは、退職者が建前として口にする理由と、本音の部分には大きなギャップがあることです。
「家庭の事情で…」「キャリアチェンジを考えていまして…」。こうした言葉の裏には、実は会社に対する深い失望や諦めが隠れていることが少なくありません。
ある製造業の社長がこんな話をしてくれました。優秀な営業担当者が突然退職を申し出た時、最初は「給料を上げるから残ってくれ」と引き止めようとしたそうです。しかし、じっくり話を聞いてみると、本当の理由は全く違うところにありました。
「自分が提案したアイデアがいつも上から否定される」「失敗を責められるばかりで、チャレンジする気持ちが失せた」「この会社で働き続けても、自分が成長できる気がしない」。
その社員にとって、給料の問題は二の次だったのです。むしろ、自分の存在価値や将来への希望を見出せなくなったことが、退職を決意する決定的な要因だったのです。
心理的安全性という「見えない給料」
グーグルが実施した「プロジェクト・アリストテレス」という有名な研究があります。この研究で明らかになったのは、高いパフォーマンスを発揮するチームに共通する最も重要な要素は「心理的安全性」だったということです。
心理的安全性とは、簡単に言えば「失敗や疑問を率直に話せる環境」のこと。「こんなことを言ったら馬鹿にされるかもしれない」「失敗したら責められる」という不安がない状態を指します。
実は、これこそが現代の働き手が最も求めている「見えない給料」なのかもしれません。
月給30万円をもらっていても、毎日びくびくしながら働いている人と、月給25万円だけれど自分らしく伸び伸びと働けている人。どちらが長く会社に留まるでしょうか。
答えは明らかです。人は、自分が認められ、信頼され、成長できる環境にいることの価値を、想像以上に重視しているのです。
「承認」という名の特別手当
マズローの欲求階層説を持ち出すまでもなく、人は認められたいという根源的な欲求を持っています。特に、日本の中小企業で働く社員の多くは、大企業のようなブランド力や充実した福利厚生を求めて入社したわけではありません。
彼らが求めているのは、むしろ「ここでなら自分の価値を発揮できる」「この社長のもとでなら成長できる」という実感なのです。
ある建設会社の事例をご紹介しましょう。この会社の社長は、毎朝の朝礼で必ず前日の仕事の中から「良かったこと」を一人ひとりに対してコメントします。大きな成果でなくても構いません。「昨日の資料の作り方、すごく見やすかった」「あの時のお客様への対応、プロフェッショナルだったね」といった具合に。
この小さな習慣を3年間続けた結果、離職率が業界平均の半分以下になったそうです。給料は業界標準、むしろ少し低いくらいなのに、です。
承認には、金銭的なコストはほとんどかかりません。しかし、その効果は想像以上に大きいのです。
成長実感という「見えない昇給」
もう一つ、現代の働き手が重視するのが「成長実感」です。
「去年の自分と比べて、何ができるようになったのか」「この会社で働き続けることで、将来どんな自分になれるのか」。こうした問いに対する答えが見えない時、人は別の場所にその答えを求めようとします。
興味深いことに、成長実感は必ずしも昇進や昇格と連動するわけではありません。むしろ、日々の仕事の中で「昨日より少し上手にできた」「新しいスキルを身につけた」「お客様により良いサービスを提供できた」といった小さな積み重ねの方が重要だったりします。
ある小さなIT企業では、月に一度「学び共有会」を開催しています。各社員が、その月に学んだこと、挑戦したこと、失敗から得た教訓などを5分程度で発表する場です。
社長によると、この取り組みを始めてから「仕事が楽しくなった」という声が増えたそうです。自分の成長を言語化し、仲間と共有することで、成長実感が可視化されたのです。
関係性という「無形の福利厚生」
「人は会社を辞めるのではなく、上司を辞める」という言葉があります。これは、アメリカの調査会社ギャラップの調査結果から生まれた有名な格言です。
実際、転職理由の上位に常に「人間関係」が挙げられるのは、それだけ職場の関係性が働く人にとって重要だからです。
では、良好な関係性とは具体的にどのようなものでしょうか。それは、お互いを尊重し、支え合い、高め合える関係のことです。
ある飲食店チェーンの店長は、スタッフとの関係づくりについてこう話してくれました。「私は、スタッフ一人ひとりの『なりたい姿』を聞くようにしています。将来独立したい人、料理を極めたい人、接客スキルを磨きたい人。みんな違う夢を持っている。その夢に向かって、今の仕事がどう役立つかを一緒に考えるんです」。
この店舗は、同チェーンの中でも特に離職率が低く、顧客満足度も高いそうです。スタッフ一人ひとりが「この店長のもとで働けてよかった」と感じているからです。
そもそも、あなたの会社は誰にとっての「不可欠な存在」でしょうか
ここで一度、根本的な問いを投げかけてみたいと思います。あなたの会社は、社員にとって「なくてはならない存在」になっているでしょうか。
顧客に対しては「不可欠な存在」を目指している会社でも、意外に社員に対してはその視点が抜け落ちていることがあります。
社員にとっての「不可欠な存在」とは、単に雇用を提供する場所ではありません。その人の人生にとって意味のある価値を提供し続ける存在のことです。
それは、スキルを磨ける場かもしれません。志を共にする仲間と出会える場かもしれません。自分らしさを発揮できる場かもしれません。社会に貢献している実感を得られる場かもしれません。
人それぞれ求めるものは違いますが、共通しているのは「ここにいる意味」を感じたいということです。
明日から始められる「見えない給料」の支払い方
では、具体的にどんなことから始めればよいでしょうか。
まずは、社員一人ひとりと向き合う時間を作ってみてください。「最近、仕事で一番うれしかったことは何?」「今、一番関心のあることは何?」「将来、どんなふうになりたい?」。こうした質問を通じて、その人が本当に大切にしていることを理解する努力をしてみるのです。
次に、日常の中で承認の機会を意識的に増やしてみてください。完璧な結果でなくても、プロセスや姿勢、成長の兆しを見つけて言葉にする。これだけでも、職場の雰囲気は確実に変わります。
そして、失敗を責める文化ではなく、失敗から学ぶ文化を作ってみてください。「なぜ失敗したのか」ではなく「次はどうしたらもっとうまくいくか」に焦点を当てる。この転換が、心理的安全性の土台になります。
これらは、予算をかけずにできることばかりです。しかし、その効果は給料アップ以上かもしれません。
人が辞める本当の理由は、給料ではなく「ここにいる意味」が見出せなくなった時です。逆に言えば、その意味を感じられる環境を作ることができれば、あなたの会社は社員にとって「辞められない会社」になるでしょう。
明日の朝、最初に会った社員に「おはよう」と声をかける時、その人がどんな思いで今日という日を迎えているか、少しだけ想像してみてください。それが、すべての始まりかもしれません。